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南アメリカ旅行
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ボリビア
過酷なアルチプラノとそこで暮らすインディオの人々。ラパスの驚きの景観。
ラパス、町はどこだ?
国境を越えてもさらに平坦な荒野が続きます。地平線の上に、遠くの山の白い頂が突き出しています。やがて首都ラパスの郊外の家並みが見えてきます。国際空港も過ぎました。、、、、?でもそれらしい町並みが見えてきません。
町の中心までもう5Kmも無いと思われるのに、あるのはぱらぱらと家がみえるだけ。ええ、町工場らしいのもいくつか見えますよ。でも首都らしい町並みがまったく見えないのです。首都なのに、、、まったく見えません。
距離を間違えたのかとも思いましたが、そんなはずはありませんでした。それを隠す山もありませんし、狐につままれたような気持ちのままペダルをこぎ続けると、まもなく前方に大きな谷間が口をあけているのが見えてきます。その谷間の淵から下を見下ろしたときの驚きは、今でも忘れられません。
すり鉢状のその谷間の400mの底から、その斜面にかけて家々が埋め尽くすように大きな町が広がっていました。中心部と思われる底の最も低い部分には数十階建てのビルも見えます。、、、それがラパスでした。
斜面は360度、民家で埋めつくされています。谷の向こうにはイリマニの6000mの高峰が白く印象的です。残念ながら、貴方にその眺め、感動を正確にお伝えするすべを知りません。唯、お勧めしたいのは、その谷の少し手前でバスを降りることです。くれぐれも、疲れたからといってバスの中で眠りこけていてはいけませんよ。
そして、是非徒歩で谷の淵に立ち、吹き上げてくる風を受けながら、足元400m下に広がるラパスの町と対面してほしいのです。期待を決して裏切らないことを保証しますよ。
インディオと市場
当然のことながら町は坂だらけです。特に庶民の生活は急な斜面で営まれています。高いところほど地価が安く、住民の生活レベルも下がっていくということです。市民のほとんどはインディオやメスティゾです。キトなどと同じように、彼らも帽子をかぶりポンチョを羽織っています。
通りは古くかなりコチャコチャしており、石畳も少なくなくありません。町のあちこちの通りには市場が立ち、多くの人々であふれております。食料から衣料、日用品まで様々なものが売られていて、見てあるくのは結構楽しいものです。
坂のうえから通りを見下ろすと、市場でうごめく長い人の群れの頭越しに、町の中心部のビル郡が見えます。そしてその谷の下流の方向にはイリマニの真っ白な頂がシンボリックに輝いています。
オレンジ売りのおばさん
公園の芝生の上で一休みしていると、おばさんがオレンジを売りに来ました。少し煩わしく思いながら“いらない”というと、安くするから買えといいます。また“いらない”というともっと安くするといいます。頭を横に振ると、彼女はオレンジを乗せた平たいかごを頭からおろしました。
するとため息をつきながら、私の横に腰を下ろしてしまいました。彼女はボソッと独り言のように“あんたら、いいよなー”といいます。何のことかと面食らって聞くと、自由に海外に出られることがうらやましいとのことでした。
“私はこんなひどい国は出たいけれど、パスポートを取れるだけのお金が無いんだ。” その後、身の上話をおききしました。家族をかかえてとても大変なようです。痩せて日に焼けた顔や手は痛々しくさえあります。つい、もとの言い値でオレンジをかってしまいました。
物売りはどこにでもいます。正直うるさい存在としか見ていませんでした。でもそのとき、彼ら、彼女らが必死で生きていることを、たいして希望が無いにもかかわらず、家族のためにひたすらがんばっていることを理解しました。
たまたまボリビアという国に生まれたばかりにそんな生活を強いられ、たまたま日本に生まれたから海外旅行ができる。私と彼女の違いはただそれだけなのです。
特に彼女のように、外国人旅行者を目の当たりにして、自分の状況を客観的に考えられる人々にとっては、現実がなおさら辛く感じられるのではないでしょうか。しばし話をした後、彼女はかごをひょいと頭にのせ、また商売にもどっていきました。
人懐っこいムチャチャたち
ラパスは谷間の中という、広さが制限された町だけにこじんまりとしており、とても落ち着く町です。毎日のように市場などをぶらつき、小さな食堂をはしごしてあるきました。美術館や映画館もとても安くたのしめます。そんな中で最も楽しみだったのが、宿の近くの軽食屋さんに行くことでした。そう、ウェイトレスにかわいい女の子たちがいるのです。
インディオたちは一般にそれほど人懐っこくありませんが、やはり都会だからなのでしょうか、混血の進んだメスティゾだからでしょうか、ラパスにも他に劣らぬ陽気で元気な女の子たちがいました。好奇心旺盛な彼女らと、その私生活から世界のことまで、あーだのこーだのと毎日楽しい時間をすごすことができました。
荒涼とした場所に長期間いると、気持まで冷えてくるようですが、そんな中での彼女らの陽気さやかわいらしさには、疲れが癒されるのと同時に、次のたびへの元気までもらえるような気がしたものです。
とはいっても、一歩町を出ると、アルチプラノがそんな生易しいところではないことを思い知らされますが。
冷雨のアルチプラノ
ラパスでは休養を兼ねて1週間ほど滞在しました。スッキリと晴れることもありますが、天気はおおむね良くありません。後半数日は雨が降り続きました。
これからアルゼンチン国境までも4000の高地がつづきます。隠れるところも無い荒野での冷たい雨はあまり気持ちの良いものではありません。その雨を突いて出かける気にはどうしてもなれませんでした。
道は概して平坦ですし途中には沢山の町もありますが、こんな悪天候では不快なだけです。と自分に言い聞かせて、ここはオルロまでバスを使うことにしました。
ラパスを出る日も雨でした。雨はアルチプラノの上も同様で、広大な平原には暗い空から冷たい雨が落ちていました。かれたような草が点在するだけの世界です。ところが通り過ぎる平原のあちこちでヤギやリャマを追う牧童たちをみかけます。
ある者は、棒に寄りかかりながら家畜のそばに立ちつくしています。またあるものはポンチョの中でしゃがみこんでじっとしています。隠れるところも無い大平原のまっただ中、夕方のように暗い空を背景に、雨に打たれ続ける彼らの姿に“ミレーの晩鐘”がかさなりました。
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