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ヨーロッパ旅行記
これ以後は北アメリカの後にお伝えします。
18.3度目のヨーロッパ
ロンドンでバイク探し
19.バイク旅行
初夏のスカンジナビア
20.ワサンタとの再会
21.ポルトガルからトルコ
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晩秋の北ドイツ
11月にはいると、街路樹が色づきその葉が散り始めました。
通りは折からの風に枯葉が舞うようになりました。
行商の北の町
人々の服装にも変化があります。暖かそうな羽毛服があります。長いコートをなびかせて颯爽した女性も目立ちます。皮のジャンパーの若者もいます。ついこの間まで半そで姿でいた寒さに強い彼らには、冬はファッションの季節でもあるようです。
特に北ドイツの町や村は冬支度が早いようです。毎週月曜日の朝はハンブルグ発9時ごろのフレンスブルグ行きの列車に乗ります。ハンブルグを出ると車窓には見慣れた風景が展開します。わずかに起伏する広々とした平原の中にとてもチャーミングな町や村が点在します。ノイミュンスター、レンツブルグ、シュレスビッヒそしてフレンスブルグ、そしてその間にある村村は、どこで降りても何時見ても、そのしっとりとしてかつチャーミングなたたたずまいには魅了されてしまいます。
石畳の通り、統一された屋根の色や形、重厚な石造りの壁そしてそこに満ちた透明な空気が、秋の趣をいっそう深いものにしています。どの町にも水辺があります。小川や湖がありその周りには明るい森が広がっています。秋、森の中は光と落ち葉でいっぱいです。
そんな町の街角で店を広げていると、田舎ではあまり見慣れない性でしょうか、良く年配のかたに国籍を聞かれたものでした。そして、格好がみすぼらしかった性か、「大変ですね。」などと声をかけていただいたものでした。またあるときは上からアメやチョコレートが落ちてきました。
見上げると2階の窓辺からに可愛い女の子が見下ろしていて、「どうぞ食べて。」ということでした。「ダンケ!」というと、金髪のポニーテールを揺らしてくすっと笑ってまた一個落としてきました。日ごろ売り買いでのお付き合いしかないドイツ人ですが、そんな時何かまた違うふれあいを感じたものでした。
夜は、ペンションを利用することもありました。下が食堂兼レストランで、夜は少人数の客を泊めてくれところが沢山あります。そこの主人はちょっと太めのおばさんが多いような気がします。お金に限度があるので、料理はどうしてもいつも代わり映えしない物になります。そう、芋とソーセージです。でもなんといっても、暖かい手料理です。特に寒くなると、心身ともに暖かく美味しく感じられました。屋根裏の傾斜した天井の部屋もなかなか楽しいものですね。いつか家を建てるときはこんな部屋がほしいものだと思いました。
とは言ってももちろん、毎日そんなところに泊まるわけにはいきません。普段は、人目をしのんで、廃屋や公園、駅などですごしました。人の出る時間まで時間をつぶすのが大変だったぐらいで、あまり余計なことを考えなかったようです。
それが自分、アフリカに向かって最善を尽くすだけ、、と腹をくくっていたのかもしれません。まあ、他にどうしようもありませんでしたからね。
2〜3日で他の町へ移動します。こうして、クリスマスにどこで売るのが最も良いかの調査もしていました。金曜日はハンブルグに戻ります。またレーパーバンかユースホステルで仲間と会います。一週間の成果を話し、また相手の成果を探りあったものでした。
秋のハノーファ
日曜日の朝8時発の列車でハノーファへ向かいます。1週間ぶりのガービーとのデートです。11月も半ばになると日が本当に短くなります。ここは樺太と同じくらいの高緯度にあるため、日の出は朝の10時ごろになります。レーパーバンのホテルを出る7時ごろはまだまだ、真夜中のように真っ暗です。空はいつも、星などは全く見えず真っ暗です。
それでもハウプトバーンホフ(中央駅)は旅行客でいっぱいです。家族連れや大きなザックの若者などが目立ちます。ハンブルグを列車が出て暫くして空が白み始めます。そしてハノーファーに近づくころ10時ごろになってやっと日が昇るのです。
もっとも、きれいに日の出が見えたのはほんとに数えるほどしかありませんが。
ハノーファ駅はいつも工事中で、出入り口はいつも利用客で込み合っていました。その中からガービーを一目で見つけることはできません。彼女はいつも、私を驚かせようとして人ごみから急に現れたものでした。私がきょろきょろしていると、前の人の陰から顔を出し、「モルゲン!(おはよう)エイチ」 と元気のよいすんだ声が聞こえたり、あるときには、急に後ろから華奢な手で目隠しをされたこともありました。 原色が好きで赤や青のパンタロンに、コートは真っ白がお気に入りでした。折からの朝日を浴びて、うれしそうな笑顔は晴れやかで美しく、何度会ってもいつもまぶしくさえ感じられたものです。
いつものコース
いつものように、まずラトハウスに向かいます。私も大好きなラトハウスは、秋の深まりとともに、一段とその重厚さを増していました。裏の池の周りの木々はもうすっかり黄色くなり葉を落とし始めています。夏の間、池の周りの散策路からは、ラトハウスの半分は木立に隠れて見えませんでしたが、葉がだいぶ落ちた11月は、その枝の間からもその美しい姿がみえるようになりました。そして池の周り全体の雰囲気がすっかり変わってしまうのですが、冬枯れの木立を通してみるそのしっとりとした雰囲気だけはいや増すばかりでした。
池の周りとは対照的な広々したマッシュゼーの周りも、鉛色の空を背景に寒々とした眺めの日が多くなりました。夏場はあんなにいた人々も、今はまばらです。閑散としてだだっ広い公園でぽつんとしたソーセージ屋さんもひまそうでした。
そんな晩秋の静かなたたずまいの中にあって、ただ一つ明るく光っているものがありました。横にいるガービーです。目を輝かせいろんなことを話し続ける彼女、学校のことや家のこと、そして海外への獏とした憧れ。そのきらきらした、やや色の薄い目はいつも遠くを見ているようでした。たまに相槌を打つだけで、うなずくだけの私に飽きもせず、ひたすら話し続ける彼女、私はその美しさ可愛さに、ただ、ただ、、、見とれているだけでした。
動物園
その日は動物園に行きました。動物園の前はプラタナスの並木が美しいところです。今、歩道は落ち葉ですっかり埋め尽くされています。落ち葉の厚さは10Cmほどもあり、その上を歩くたびにサクッサクッと音がします。珍しく朝から天気が良い日でした。すっかり枯れかけた葉は久しぶりの陽光に最後の輝きを見せています。折からの風で飛ばされた枯葉が渦を巻いて舞い上がります。そんな葉の様子をみてガービーは両手で葉を抱えて高く投げ上げていました。ぱらぱらと舞い落ちる葉の動きが面白いといっては、私の方を見てはうれしそうに満面の笑みを浮かべています。
そんなしぐさに、彼女がますますいとおしく感じられるのでした。でもそんな、週に1度の楽しいひと時は、冬の日差しのようにいつもあっという間に過ぎていきます。駅前の喫茶店で、いつも彼女に選んでもらうアイスクリームを食べているころには、早くも外は心なしか暗くなりはじめていました。
厳格なしつけ
もっと一緒にいたい、もっと話したいと思うのですが、厳格な家庭が多いといわれるドイツの女性です。未成年の彼女は帰る時間はきっちりと守らねばならないようでした。外に出ると、光を失った石造りの建物と通りは、また少しその重厚さと落ち着きを増したようです。吹き抜ける空気は冷たく、通りを歩く人々は心なしかうつむき加減で足早です。まもなく暗く厳しい冬を迎えようとしているヨーロッパがそこにありました。
薄暗い中、彼女を路面電車の停車場まで送っていきます。やがて電車がやってきます。翌週の再会を約して彼女は電車に飛び乗ります。モータ音キーんというと線路と車輪がすれる音を残して電車がビルの陰に隠れるまで、彼女は手を振っていました。
彼女がいなくなると、急に夕暮れの寒さが見にしみるようになります。ハンブルグ行きが出るまで少し時間があったので、いつも食堂で(なぜか)リンゴジュースを飲んでいました。帰りの普通電車は、ハンブルグまで2時間半もかかりました。通り過ぎる町や村、どこの家の灯りもとても暖かそうです。きっと、豊かな国の暖かい家庭のだんらんが思われます。
レーパーバンの裏通り、安ホテルに戻るのはいつも9時ごろでした。それから夜半過ぎまで、また商品の仕込みです。翌日は早くから北の町へ向けて行商に出かけたものでした。
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